法術で軍隊に対抗しようとした仙女集団 紅燈照とは?

清朝末期

清の末期、「扶清滅洋」をスローガンに「義和団事件を起こした」義和団。
彼らに女性だけの姉妹集団がいたことはあまり知られていません。

その集団は「紅燈照」
12歳~18歳までの未婚女性だけで成り立っていました。

義和団については資料も多いんですが、紅燈照の史料はとても少なく、ミステリーな部分も多いようです。
今日は、この紅燈照について紹介します。

そもそも義和団って何?

紅燈照を紹介するには、義和団の存在が欠かせません。

「義和団」
義和拳と呼ばれる中国武術を身につけた彼らの目的は、中国に住む外国人の排除でした。
排除する理由はさまざまで一概にはいえません。
ただ、社会不安で生活に困った庶民の気持ちが爆発したことが主な原因です。

当時の清軍は列強諸国に連戦連敗。
屈辱的な不平等条約を結んでおり、その一つにして中国でキリスト教布教を認めていました。

宣教師は布教の一環として貧しい人々を食事を与えたり、その子供を引き取って育てたため、多くの下層階級の中国人信者を得ることに成功しました。

しかし、その一方でさまざまな軋轢が生じました。

・宣教師が大量に土地を購入→強引に教会を設立して現地人の反感を買う。
・外国人は特権階級扱いだったため、威張り散らして現地人の反感を買う。
・纏足や儒教の価値観を否定して守旧派から反感を買う。
・異質な外国人におびえて「西洋人は子供の目玉や肝臓で薬を作っている」などのデマが 流れる。
・自分たちの生活が良くないのは、国を乱す外国人がいるからという憎悪が生まれる。

こうみると、反感ばかり買っていますね・・・。

要は、社会不安と貧しさから苛立っていた庶民が、外国人(おもに宣教師)の横暴さを口実?としてデモを起こしたんです。

やり場のない不満がたまっていた中国人は、義和団という武術一派に救いを求めます。
義和団のルーツは反清組織の白蓮教や天地会などとも言われていますが、定かではありません。

▽白蓮教徒の乱はコチラで紹介しています。
清と戦った3人の女将軍たち

義和団には、こんな宣伝文句がありました。
「義和拳法を学べば、神功を得て、念力で敵を倒せる。外国人どもの銃剣や銃弾も神通力で当たらない!中華を乱す邪教徒どもをぶち殺せ!」

▽義和団の団員たち

義和団は、あくまで西洋人の排除を目的としていたため、清からは保護されました。
半官軍となった義和団は全国規模で拡大していきます。

義和団は、山東省や天津・北京にある教会を破壊し、宣教師ら外国人を殺しまわりました。
そのため、自国民保護を目的として八か国連合軍が義和団排除のために北京に進攻、義和団と武力衝突を起こすことになったのです。

▽義和団事件を描いた絵画

「義和団事件」の勃発です。

武術の達人 李黒児の登場

前置きが長くなりましたが、この義和団はあくまで男だけの集団。
義和団員も女子を集団にいれることなど考えてませんでした。
「女子などいれたら、穢れのために神聖な法術が使えなくなる。とんでもない!」

まあ、もともと迷信に凝り固まった集団です。
女子を入れる反発は予想以上でした。

そんな時、李黒児という20代の若い女が義和団の前に現れます。
雑技や剣術・棒術の武芸者でもあった李黒児は、義和団の妻や寡婦たちに武芸を伝授して女性だけの集団を作り始めました。
「紅燈照」「青燈照」「藍燈照」などがそうです。
※紅燈照は12~18歳の少女集団
青燈照は40前後の婦人集団
藍燈照は未亡人集団だったようです。

▽李黒児と信者たちと伝わる写真(どの集団かは不明)

これら女性だけの集団が設立した目的は、義和団と連携して外国人を殺すこと。
実は李黒児は外国人との争いで父親を殺されており、外国人に強い恨みがあったのです。

服も履物もみんな赤色で、燈籠を手にもっていたことからこの名がついたようです。

▽紅燈照の女子の写真

仙術で空を飛び、火炎で敵を焼き殺す

李黒児は特に、紅燈照に熱心に剣術や鉄扇を使用した武術の厳しい修練をさせました。

また、兄貴分の義和団が行使した義和拳法が、神通力で敵の刀剣だけでなく銃弾も跳ね返す力がある宣伝していたように、紅燈照も法術によって敵を倒せると盛んに宣伝しました。

映画「ワンスアポンアタイムインチャイナ」より引用

例えば・・・

「左手の扇を振れば、敵の大砲は打てなくなる。
右手の燈籠を投げれば、火炎を発生させ敵の船や家屋を燃やすことができる。
念じれば、剣が空を舞い、敵の首を打ち落とす。
より修練を積めば、水上歩行や空を自在に飛ぶことも可能になるぞ」

こんなハチャメチャな超能力を身につけるために、李黒児を「黄蓮聖母」と呼ばせて仙女として崇拝させ、日々妖しげな祈祷を日課として、念術や法術の訓練をさせました。

普通に考えたら、そんな力があるわけがありません。
ただし、貧しい庶民の娘からみると紅燈照は、立派なアイドルでした。
雑技を使って華やかにパレードし、色鮮やかな服装をした紅燈照はあこがれの集団だったのです。

映画「ワンスアポンアタイムインチャイナ」より引用
紅燈照の少女たち~映画より~

そのため家庭の制止もきかずに、紅燈照に入門希望を出す少女たちが続出。
最終的には2000人余りの集団になったと言われています。

敗戦と捕虜~その後

しかし、当たり前ですが法術なんて嘘っぱち。

扇子を振ったり、提燈を飛ばして洋館を炎上させることもできませんし、念力で剣を舞わせて、遠くの敵の首を獲ることもできません。

映画「ワンスアポンアタイムインチャイナ」より引用

いくら武術の修練をしたところでしょせんは10代の若い少女たち。
実際は、義和団と連携して情報収集や負傷者の医療看護を中心に参加していました。

ただし、義和団と同じく、士気は非常に高かったようです。
しかし、最新鋭の銃火器で武装した連合軍の前では、刀や剣メインの白兵戦は歯が立ちません。

天津攻防戦で義和団が八か国連合軍に大敗すると同時に、紅燈照のメンバーも大半が捕虜となるか殺されてしまいました。
中には屈辱のあまり自殺する者もいたようです。

指導者である「黄蓮聖母」がどうなったのかもはっきりとわかっていません。
一説では連合軍の捕虜となり、辱めを受けたあげく殺されてしまったともいわれています。

まとめ

清朝が主導した官軍ではなく、あくまで自発的な民間武装勢力だったためか、戦闘の過程や戦後の彼女らの詳しい境遇はほぼわかっていません。

捕虜になったり辱めを受けたことで、生き延びても恥の記憶として口述せずに一生を終えた可能性もあります。

この紅燈照は国の為に戦った存在のに、最終的に清朝に見捨てられ、悲劇的な最後を迎えた若い少女集団ということで中国ではよく知られた存在のようです。

何も知らない若い少女たちが、戦争に巻き込まれて死んでいったことは当時の時代の流れとはいえ、辛いものがあります。

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